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元ブラジル山口県人会長林大三郎さんのご逝去を悼む

元ブラジル山口県人会長の林大三郎さんが5月5日、サンパウロ市の病院で肺炎のため逝去されました。宇部市出身の87歳でした。

林さんは大学卒業後ブラジルに移住、日本の電電公社に当たる会社に勤められ、ブラジル山口県人会の役員だった1988年、現在親善協会事務局の私山中と役員の弥源治さんがtysテレビの取材で「ブラジル日本人移民80年祭」を取材に行った時、我々のお世話役を引き受けられ、アポイントから案内、通訳まで大変お世話になりました。写真はサンパウロで開催された80年祭、まだ最初の移民船「笠戸丸」移民の1世の方が出席されていました。

林さんは我々の案内のためにもう1台エタノール燃料の自家用車を買われたと聞きビックリしました。街を歩き、お宅にも泊めてもらい、帰りにはブラジルの酒ピンガの作り方を直伝され、楽しく、豊かで楽観的なブラジルの良さを体感した取材旅行でした。林さんはその後も、機会があれば宇部市の実家に帰られ、私の家でもブラジル関連の人たちと一緒に飲みました。写真は我が家と美祢市のソーメン流しに行った時の写真です。。私たちが再びブラジルで林さんと会ったのは2002年の山口県人会75周年でブラジルに行った時です。私たち仲間は一緒に伝説のF1レーサー、アイルトン・セナが眠るサンパウロのモランビーの丘の墓にも行きました。

2007年の山口県人会80周年でもお元気でお会いしました。

2017年の90年祭ではお歳をとられた林さんですが、そのご家族と一緒に楽しくシュハスコを食べました。長女の小児科医師の真砂美さんの話しでは、林さんは亡くなる1ヵ月くらい前ごろ、大腿部動脈の血栓で入院し数回手術をされ、肺炎にかかって亡くなられたそうです。コロナではないそうで、真砂美さんは20日間の休暇が取れたので最期まで看病されたそうです。林さんは私にブラジルとの関りを作ってくれ、ブラジルの良さ、素晴らしさを教えてくれた人でした。訃報を聞き、寂しく、残念です。親善協会の飲み会などで、今も林さんに教えてもらった方法でピンガ(カイピリーニャ)を作りますが、ピンガを作る時、林さんの事を何時までも思い出すでしょう。有難うございました。心からご冥福をお祈りいたします。(合掌、山中清治)

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